etetentenの記録

信仰とともに暮らす日々

彼が好きだ

彼は私にできないことができる。
だから尊敬する。年齢や経験もあるかも。
経験の差って、でも。同じ歳でもあるからね

彼も私を尊敬してくれる。、それで、面白くて好きなんだって。

ふた周りしたの私を心から敬ってくれる、
大したおじさんだと思う。
いたらないこともあるだろつけど、
おたがいさまよね。
そんなことは瑣末なことで、

おじさんが、日々を神様とともに、元気に暮らしてくれたら、それがうれしい

おじさんが老いや死を怖く感じているのはわかる。
愛してる人に捨てられたトラウマもあるのよね。
私が若いのもあるよね。

だから、一緒にいたい、
おじさんは一人でいる気だから、
私が一緒に入れたら、私すごくない?って自己満足のため。
おじさんが、私に期待してないから。
驚かせるために一緒にいるの。

ここまでいっしょにきかって、

だから、働いて、仕事安定させて、
おじさんが安心して一緒にいられるようにしなくちゃ。

神様、私に、私に力をください。
私が生きる力をください。
諦めてしまった彼を、勇気づける力を。
彼と一緒にいるために、私は証明のために働く。

いきる。
彼を当てにはしないけど、
彼を勇気づけるため、証明のために、生きる。
彼の為に時間を使いたい。
彼と一緒にいたい

かみさまくるしいよ

上手くいかない日がある。
悪いんがえのどツボにはまる
私はこんなのするべきじゃないって、傲慢なんだと思う。
でもどうするのが良いかわからない。

今の私にはできない。
でも神様は日々私を変えてくださる。
日々私を成長させてくださる。
神様は人よりもずっと恐ろしい。

わたしの心ろを乱す人よりも、誰よりも、
ずっと恐ろしいことができるかただ。

私は私の命が取られることを心待ちにしている。
死とは開放のような気がするからだ。
神は死を許さないこともできる。
歪んだ信仰が自殺やテロに結びつくのは、こういう心理なのかな。

みんな何かに、社会に、人生に苦しくなって主教を理由に死ぬのね。
でも神は人間の理由で、死なせないかただと思う。


だから私は死なない。
死なせてもらえない。死にたがるから、死なせてもらえない。
私は生きなければならない。
苦しまなければならない。
こころをくだき、疎まれ、苦しまなければならない。
その中で、愛を見出さなければならない。

よく見るネットの恋愛指南とか変だと思う

恋人の関係になっているのに、

 

エッチをさりげなく誘う、とか

たまには自分からキスをしてみる、とか、

突然手を繋いでみる、とか、

 

よくわかんない。どうして「しないとき」と「するとき」の線引きがある前提なのだろう。

エッチはいつでもしたいし、四六時中誘う。

毎日エッチしなくてもいいけど、どんな時だってエッチなことを言ったり、

相手を褒めたり、誘ったりする。

キスも、いつだって、何かにつけした方がいい。

起きがけにキスして、布団片付けてもらったらキス、

テレビを見ている間にキス、出かける前にもキス。

部屋でゴロゴロしてても、コーヒー飲んでても、布団で寝てても、

手は繋いだ方がいい。ずっと触っていた方がいい。

 

なんで「しない時」と「するとき」をわけちゃうんだろう。

それでキスやエッチを不用意に恥ずかしがったり、レスになったりするんじゃないかな。

 

ずっと、どんな時も、

恋人にはセクシーな気持ちでいる。

その気持ちを持ちながら毎日生活して、彼に接する。仕事も普段の生活も、そこから切り離さない。

淫らなことではないから。とっても幸せな気持ちになれる。

人前でみっともないことをしてもいい、という話ではなくて、

「ああ、私の彼はいつもスーパーセクシーだな!」って実際思っているのだから、

それをそのまま出して表現すればいいのに、

 

となんか見てて思う。

その方が男の人も嬉しいんじゃないかな、って思ったりもする。

結婚したいとは思えない。

結婚したい理由、結婚を進める理由が、

子供が欲しい、

金銭的安定、

社会地位向上、社会保障

自分の承認欲求、

老後の備え、

孤独感の解消、

みたいな観点ばっかだな、とwebや雑誌などの情報を見てて感じてしまった。

 

結婚したくない理由も、

お金に余裕がない、

他人と相入れない、一緒に暮らせない

子供が好きじゃない、

自分の時間がなくなる

好きなことができなくなる、

みたいなどうでもいい言い訳ばっかりだ。

 

日本の結婚観はクソどうでもいい情報しか出てない。

みんな幻想を見てるんじゃないか。

幻想のまま結婚して、「思ってたのとは違ってたけど、あなたと結婚してよかった」

と上手に各個人が軌道修正できているだけだ。

そうできなかった人が離婚しているのではないか。

日本で言われている結婚観の前提っておかしくないか。

 

自分のことは自分で守る。

一人でいる孤独感も甘んじて受ける。

誰かがいるから孤独が解消される訳ではない。

お金の心配もあるけど、死ぬまで働くつもりだ。

それで身動き取れなくなったら、それまでだ。

そうならないまでは私は生き続けるのだろう。

社会から、周りから、惨めだと思われたとしても、

私は死ぬまで生きる。神様がその価値を認めているから。

恐怖や悲しみはあるけど、私はそれに負けない。

 

子供は好きだし、愛すべき存在だけど、

愛すべきなのは子供だけじゃない、老若男女問わず、

隣人として愛すべき存在だ。子供を特別視はしない。

自分の子であっても、他人の子であっても、

真摯に対応し、守り、教えるべき存在であることに微塵の違いもない。

 

家族という括りも、血筋も関係ない。そんなことは私にとっては瑣末なことだ。

 

でも、自分が生きてる中で、

生活を金銭的に社会的に支えてくれる人じゃない、

お互い純粋に人として愛し合って尊重できる、独身のパートナーが欲しい。

その人とだけキスやセックスもしたい。

その人ともし結婚という契約を結ぶ形が、お互いにとって良さそうなら、結婚したい。

でも、結婚以外の形がお互いにとって良さそうなら、結婚しない。

彼が死ぬまで、お互いにとって良い形で、そばにいれたらと思う。

 

本来はこうした関係に、結婚という契約がくっついて来るもんだと思ってる。

でも、私が出会ったお互い大切にしたい人は、

お互いだけ、という心づもりをしたくなる関係になりつつも、

結婚という形が適切ではない、という判断をしているだけだ。

 

だれにも理解されなくてもいい。

自棄ではなくて、理解されようと思って築こうとしている関係ではないからだ。

ごっこだと笑うのなら笑えばいい。

本当のところは私にも、誰にもわからないからだ。

 

ただ、神様の前には正直に、彼との関係を明かしていたい。

神様だけは私のことを本当によく知っていて、私たちのことを判断できる方だから。

 

神様、つくづく変な価値観の社会だなと思います。

でもあなたが作った世界だから、必要な歪みなのだとおも思います。

その中で、大切なことは一つだけ、と聖書ではおっしゃっています。

私たちを試されているのでしょうか。

私たちは甘んじてそれを受けます。

私が喜べるのも、悲しめるのも全てあなたによります。

あなたから私を遠ざけるものは何一つありません。

たとえ私が好きな人であっても、家族であっても、尊敬する師匠出会っても、

あなたから切り離すことはできません。

あなたの名前を借りて、私を騙そうとする人たちからも、私を守ってください。

あなたを共に讃えることができる友人たちとのつながりを、守ってください。

ますますあなたの名前が叫ばれるように、あなたに栄光があるように。

あなたと共にいることで生きづらいこの世から、私を守ってください。

今日はお願いばっかりでした。

エスの名を通して、祈ります。

彼はずっと私より大人

年齢が実際二倍というのもあるけど、

彼は私よりずっと大人だ。

子供っぽいところも無邪気なところもあるけど、

でもずっと、私よりずっと大人。

私が一人でこんがらがって落ち込んでいるのを、

可愛いな、仕方ないな、と言って見守れるくらい大人。

 

私が落ち込んでいても、

どうしたんだ!何があったんだ!大丈夫か!とか一緒にならない。

また一人で何かやってるな、って遠くから見て、

こっちおいで、笑って、って私の意識を変えてくれる。

 

私この人の側で居ても大丈夫だって思った。

この人のそばにいていいんだな。嬉しいな。

 

彼を信頼しようと思った。

彼を信頼する。だから、彼が何をしていても平気。

私に連絡なくても平気。

 

これってファザコンなのかな。

どうなんだろう。

私は両親や、姉や、先生とかの関係で、

私が私として誰かのそばにいていいのか、自信がないから。

前、一緒に海外に行った先生にも「いじめられたことがあるかのようにびくついている」言われたけど、

そういうことだと思う。私が存在することや、

私が誰かのそばにいることに、いつも、ごめんなさいって思ってるから。

私がいてごめんなさい。

あなたの時間をとってごめんなさい。

私なんかが喋って、笑ってごめんなさい。

ごめんなさい。

 

悲しい考え方だな。改めて書くと、変な考え方だ。

でも、みんな私なんかといて楽しいの?って今でも思ったりする。

だから、好きだよとか、面白いよって言われても、本当に本当に確証が得られるまで

時間がかかる。

 

昨日、友達と信仰について話して、

神様は完璧な計画を立てているから、

そうした過程もすべて、信仰を得て、深めるためだったと、

そう思うよって、言われて、

そうかも知れないな、と思った。

私は救われるために傷ついているのね。

救われると感じるとしたら、それはやはり、神様が直してくれてる。

 

彼に会ったのも、そうなのかな。

どうなんだろう。

神様どうなんでしょうか。

でも、今日の彼の様子を見て、私は本当に、少し救われた思いでした。

非難するでもなく、必要以上に心配するでもなく、

側で見守っていてくれて、私が笑っているのが一番好きだと言ってくれる彼がいて、

私は本当に落ち着いたのでした。

神様、友達にお見合いを勧められてはいますが、

私は彼に対して誠実でいたいと思いますし、

彼のことが好きなのです。

神様、あなたの思うようになりますように。

彼との道を見守っていてください。

私に知恵と忍耐を与えてください。

あなたの光から外れることがないように、常にあなたと共にいます。

 

そして、今日も、あなたが作った世界は本当に素晴らしく、

私たちは模倣するたびに、あなたを賛美しています。

今日は特に、あなたが作った音楽は、本当に素晴らしいなと感じます。

自然なリズムに身をまかせることは、とても心が勇気付けられます。

あなたが音楽という概念を作られたので、私たちはそれを模倣して楽しむことができます。

本当に、あなたの創造は、本当に完璧です。

それらすべてを、私たちが享受できるのは、

あなたの息子であるイエスがいるからです。

本当に素晴らしいひとり子を、私たちのために、遣わしてくださいました。

すべて恵みです。

 

あなたと、イエスキリストと、共にあって、いのれるなら、

私は、いつでも力づけられています。

別ける精度を上げていく

私はすぐに変われないと思う。

オランさんも言っていた。

左脳で考えてもダメだって。

左脳で考えて変わるはずがねぇ。っていわれた。

 

でも、この件に関しては、私の感情に信用が置けないから、

左脳で分別をつけていく精度を上げる練習は必要だと思う。

どんな気持ちが父親に対する欲求で、

どんな気持ちなら、彼に対する欲求なのか。

 

あとは、まず前提として、

お父さんは私をすでに、私のまま受け入れてくれている。

という仮定を毎日刷り込む。

多分、本当はお父さんは私を受け入れてくれていて、

こだわっているのは、その傷にこだわっているのは私の方だけなんだ。

大丈夫。パパはもう、私のことずっと前から受け入れてくれている。

受け入れてくれているから、人一倍弱くて優しすぎる私を心配して、

心配して厳しいことを言うんだ。

でも本当は、私のことをすでにずっと昔から受け入れてくれてるんだ。

でも私が甘えやすいから、わざと厳しくしてるんだ。

パパも私に甘いからね。パパも厳しくして、娘が離れてって、さみしいよね。

でも私のためにならないって思ってるから厳しくするんだよね。

 

私は私で良い、その上で、もっともっと頑張る。

仕事も生きることも頑張る。

私、死んだ方がいいと思わないようになるまで頑張る。

そしたら彼は、ちゃんと私を同じ大人として扱ってくれるかな。

そしたらちゃんと彼と関係を築けるかな。

ちゃんとあなたと、ちゃんと付き合いたいよ。

だから私頑張るよ。

ずっとと言わないけど、少し待っててね。

 

誰かに明確に、大切にされてなくても、愛されてないと感じても、

それは間違っている。ちゃんと愛されている。

私にダメなところはあるけど、それでもそれ以上に価値があると、神様は言っているし、

私の周りに送ってくれた友人を通じて、その価値を私にわかりやすく教えてくれるよ。

そんな神様のありがたい、ありえない愛情は、

エスさんがいるから受けられていること。

本当に私は大切にされているなぁ。

 

 

彼との関係について定義を付け直す作業

私は男性と深い関係になる際に、その人のことを好きだから一緒にいたい気持ちから、

だんだん関係か進んできて私のことを受け入れてもらうようになると、

父親の代わりを求めて、ずっと全部受け入れてほしいし、

それを失いたくない、と思ってしまう。

それで、何回も確認作業をしたり、その人が離れていくことを以上に怖く感じる。

 

次私のことを受け入れてくれる人なんていないんじゃないか、

この人がいなくなったら私はダメなんじゃないか。

私の価値を認めてもらった人を失いたくない。

 

それは普通の恋愛じゃない。

普通の人間関係ではない。

 

友達のことを考えてみる。

彼女たちが私を受け入れなくてもいいと思っている。

私も彼女たちの受け入れられない部分はある。

でも彼女たちを受け入れられない部分があるからと言って、

彼女たちに価値がないかと言うと、

それは絶対ない、と言い切れる。彼女たちは、とても価値がある。

神が作った、完璧な女性たちだ。

美しい人たちだ。

 

このことから考えても、私は母親からは自立しているのかもしれない。

父親からは、ずっと昔から関係が止まったまま。

どうしたらいいか分からないまま。

もしかしたら高校の時かもしれない。

三者面談で、「どんなに一生懸命やっても、うちの子には才能があると思えないから、今の進路は疑問だ」と初めて言われたことだ。

父親との関係が分からなくなった。

それよりもずっと前から、「お前はやればできるのに。」「もっとこうすればかっこいいのに。」とずっと言われてきた。

もう頑張ってたのに。本当は、気持ちに寄り添ってもらって「そうだね、辛かったね、頑張ったね」と言って欲しかっただけなのに。

普通の私じゃ受け入れてもらえないんだ。

幼い私じゃダメなんだ。

 

だから、私の幼い部分を受け入れてくれた男性に、父親を求めてしまう。

この人にお父さんで欠けた部分を受け入れてもらえるんじゃないか。

そう考えて、おかしな関係になっていく。

彼も病んでいく。

 

オランさんは、唯一、人間ではなかったから、

彼は父親でありながら、人間ではなかった。

彼は壊れなかったし、彼は友人のままだし、お父さんだ。

私は彼に出会ってもう一度生まれたような気もしている。

 

本当のお父さんに認められたくて、

一生懸命やった。

今でもまだ、お父さんを意識して、大人っぽい振る舞いをしてみている。

いろいろ勉強して、知識を増やして、大人ですよ、いろいろわかってますよ、

という風にしている。

これならお父さんも私を認めてくれるでしょ?

でも本当は、多分幼稚園だか、小学生の時から私は変わってなくて、

それはハリボテで、

本当は、本当はその中身の私を見てよ。認めてよって思ってる。

苦しい。

どうでもいい人じゃないから苦しい。お父さんに認めてほしい。

私がいてよかったって、私が私のままでよかったって、言ってほしい。

アニメみたいな声でもいい。幼くていい。弱くていい。

後先考えてなくていいし。バカでもいい。人からバカにされてもいい。

ゲームが好きでもいい。家でゴロゴロしているのが好きでもいい。

運動が苦手でもいい。太っててもいい。ブサイクでもいい。

私のままでいいって、分からせてほしい。

 

でもそれは無理だ。今は無理だ。今はできないんだ。お父さんにも。

私もお父さんに正直には言えない。

こんなこと言われたら、じゃあ今までの20年間以上、お前はそんなこと思ってたのかって、

お父さんが落ち込んでしまう。

お父さんがプライド高いこともよく知っている。

 

実の父との関係はそんな感じだ。

お父さんに認めてもらいたいって、

もう、認めてもらっているのかもしれない。支援もなく、

会社でもなく、先生や取引先からも少し信頼されるようになって、

自分で色々やっている私を認めているけど、

心配なんだと思う。

私が人一倍優しいことも、弱いことも知ってるから、

いつも厳しいことを言うんだと思う。

 

仮に、私は父から認められていると、仮定してみよう。

大丈夫、お父さんは私のままを愛している。

 

その上で、彼に求めるのは父性じゃない。

彼に認めてもらいたくて愛してもらいたくて、

私を変えるのではない。

たまたま見かけた私を好きになってくれたのだから、

私がどうかなって、好きになってもらうものではない。

また、私は変われない。自分で今まで変えようと思って変えられなかったんだ。

この1日2日で変わるもんじゃない。

彼に好きになってもらいたくて、私を変えるのは、

それは彼は好きじゃないと言ってくれると思う。

そう言う人だと思う。

俺で承認作業をしても、君は本当に自分に自信を取り戻すことはできないよ。

って、わかっている人だと思う。

 

私は彼にお父さんになってほしくない。

ちゃんと付き合いたい。

でも、今の自分に自信がないのも事実だし、幼いのも事実。

それを受け入れてもらわなくてもいい、って思うようにしたい。

友達だと考えて、もちろん、嫌いになってほしくないし、むやみに衝突しなくていいし、わざと嫌いになってもらう必要はない。

でも、彼が、今の私でそばにいたいと思うなら、それでいい。

離れたいと思うなら、それでもいい。

 

私はちゃんと価値がある。

それをわかってくれる人は沢山いる。

だから彼だけに頼らなくてもいい。

こう書いてみたけど、やっぱりまだ自信がない。

私を好きだと言ってくれる人は、本当にいるのかな。

こんな私だとわかってくれた上で、好きだと言ってくれる人は、他にいるのかな。

 

私は彼で妥協しているの?

せっかく好きだと言ってくれた人だから手放したくないの?

今はそう言う気持ちがあるのかもしれない。

 

でも考え直してみると、

初めは、こんな幼いところ見せるつもりなかった。

スマートに付き合って、隠していくつもりだった。

その時は、彼の考え方や、話し方で興味を持った。

優しい目も好きだし。声も好き。匂いも好き。

 

嫌なところはある。ちょっとチャラいところ。

離婚歴があること。成人したけど子供がいること。

ギャンブルを少しすること。お酒飲みすぎるところ。

少しファッションの勉強が必要なところ?笑

 

でも、この人と話してて、すごく楽だった。

相手が大人だから?

そうかもしれない。けど、他の年上の人と話してても、同じ風にはならない。

この人は、一緒に話せる余地がある。

建設的な話も、冗談も、色っぽい話も、

価値観が違っても、普通に話せる面白さがある。

こんな人いるんだ、って単純に好奇心が湧いたし、

なんて面白い会話なんだろうって思った。

凄い、久しぶりに、他人と話してて面白いと思った。

 

彼が私をわかってくれるからじゃない。

私は、彼と話してて楽しい。

彼を尊敬している。彼の生き方も応援したい。

 

何よりすごく目がセクシーだなと思う。

目が大きいわけじゃないけど、凄い好き。

無表情だとキッとしてる感じだけど、

笑うと凄い柔らかくなるし、見つめられるとドキドキする。

高い鼻も好き。大きい手も好きね。唇も好き。

 

そんな人他にはいない、とは言い切れないと思う。

正直イケメンは他にいると思う。笑

いい条件?の人もいると思う。

私を好きだと言ってくれる人もいると思う。

こんなめちゃくちゃな私を受け入れてくれる人は、他にもいると思う。

イケメンで、安定していて、私がいい、っていう人は、

他にもいるんじゃないかな。

 

でも私は彼に恋したのだ。

友人としても愛している。彼の人生を尊重したい。

その上で、恋したんだと思うんだよな。

何を目標にするかわからないし、彼で私の何かが埋まるとは思ってなかった。

この人と一緒にいたいなって思ったんだ。

 

彼を独り占めしたいし、私を独り占めしてほしい、と思う気持ちもあるのはほんと。

でも多分、それって、それって父親に求めてる愛情ってことだよね。

私、いろんな人と会って、いろんな人と交流して、

それでも彼がいいって思えるのが健全なんじゃないかな。

他の人を彼と同じ意味好きになるつもりではないし、二股を前提に誰かとの出会いを求めるわけではないけど、

私が彼に父性を求めないようにするため、

物理的にそういう機会を入れるのは良いかもしれない。

 

大丈夫。私はちゃんと父親に求めることと、彼に求めることと、分けて考えられている。

彼に父親は求めない。

彼に私を無条件に受け入れてもらう必要はない。

彼に頼らなくても私の価値はある。

私を好きな人は他にもいる。

私はその中で彼を選んだだけなんだ。

大丈夫。私を信じて。私に自信を持って。

 

たとえ彼と別れたとしても、それは、私のせいではない。彼のせいでもない。

神様が離しただけだから、それはお互いにとって素晴らしいことだと思う。