etetentenの記録

信仰とともに暮らす日々

彼はずっと私より大人

年齢が実際二倍というのもあるけど、

彼は私よりずっと大人だ。

子供っぽいところも無邪気なところもあるけど、

でもずっと、私よりずっと大人。

私が一人でこんがらがって落ち込んでいるのを、

可愛いな、仕方ないな、と言って見守れるくらい大人。

 

私が落ち込んでいても、

どうしたんだ!何があったんだ!大丈夫か!とか一緒にならない。

また一人で何かやってるな、って遠くから見て、

こっちおいで、笑って、って私の意識を変えてくれる。

 

私この人の側で居ても大丈夫だって思った。

この人のそばにいていいんだな。嬉しいな。

 

彼を信頼しようと思った。

彼を信頼する。だから、彼が何をしていても平気。

私に連絡なくても平気。

 

これってファザコンなのかな。

どうなんだろう。

私は両親や、姉や、先生とかの関係で、

私が私として誰かのそばにいていいのか、自信がないから。

前、一緒に海外に行った先生にも「いじめられたことがあるかのようにびくついている」言われたけど、

そういうことだと思う。私が存在することや、

私が誰かのそばにいることに、いつも、ごめんなさいって思ってるから。

私がいてごめんなさい。

あなたの時間をとってごめんなさい。

私なんかが喋って、笑ってごめんなさい。

ごめんなさい。

 

悲しい考え方だな。改めて書くと、変な考え方だ。

でも、みんな私なんかといて楽しいの?って今でも思ったりする。

だから、好きだよとか、面白いよって言われても、本当に本当に確証が得られるまで

時間がかかる。

 

昨日、友達と信仰について話して、

神様は完璧な計画を立てているから、

そうした過程もすべて、信仰を得て、深めるためだったと、

そう思うよって、言われて、

そうかも知れないな、と思った。

私は救われるために傷ついているのね。

救われると感じるとしたら、それはやはり、神様が直してくれてる。

 

彼に会ったのも、そうなのかな。

どうなんだろう。

神様どうなんでしょうか。

でも、今日の彼の様子を見て、私は本当に、少し救われた思いでした。

非難するでもなく、必要以上に心配するでもなく、

側で見守っていてくれて、私が笑っているのが一番好きだと言ってくれる彼がいて、

私は本当に落ち着いたのでした。

神様、友達にお見合いを勧められてはいますが、

私は彼に対して誠実でいたいと思いますし、

彼のことが好きなのです。

神様、あなたの思うようになりますように。

彼との道を見守っていてください。

私に知恵と忍耐を与えてください。

あなたの光から外れることがないように、常にあなたと共にいます。

 

そして、今日も、あなたが作った世界は本当に素晴らしく、

私たちは模倣するたびに、あなたを賛美しています。

今日は特に、あなたが作った音楽は、本当に素晴らしいなと感じます。

自然なリズムに身をまかせることは、とても心が勇気付けられます。

あなたが音楽という概念を作られたので、私たちはそれを模倣して楽しむことができます。

本当に、あなたの創造は、本当に完璧です。

それらすべてを、私たちが享受できるのは、

あなたの息子であるイエスがいるからです。

本当に素晴らしいひとり子を、私たちのために、遣わしてくださいました。

すべて恵みです。

 

あなたと、イエスキリストと、共にあって、いのれるなら、

私は、いつでも力づけられています。